日本の灼熱の夏:猛暑記録、電力価格、そして気候基準値の問題


日本の灼熱の夏:猛暑記録、電力価格、そして気候基準値の問題

日本、史上最も暑い夏を記録

2025年6月の平均気温は1991~2020年の平年値よりも+2.34°C高く、1898年の観測開始以来で最も暑い6月となりました。さらに7月はそれを上回る+2.89°C。8月5日には群馬県伊勢崎市で41.8°Cを記録し、国内観測史上最高気温を更新しました。

これは単なる「異常気象」ではありません。気候科学者はこれを「非定常気候(non-stationary climate)」と呼びます。つまり、過去の記録を破る確率が単に高まるだけでなく、それらが連続して起こるということです。

連続した月別記録や全国記録の更新は、気候が安定している状態では起こりません。実際、2018年の日本の猛暑についての帰属研究では「人為的な温暖化なしには事実上あり得なかった」と結論づけられており、2022年の猛暑についても地域によっては「人為的要因が3分の1〜ほぼ100%」のリスクを担っていたとされています。つまり、サイコロは最初から不正に仕組まれていたのです。

猛暑と電力価格の関係

日本の電力市場において、気温は単なる背景要因ではなく、構造的なドライバーです。日本の電力需要は気温とU字型の関係にあり、極端な寒さも暑さも需要を押し上げます。

例えば、2021年1月の寒波では、液化天然ガス(LNG)の供給が逼迫し、JEPX(日本卸電力取引所)の翌日スポット価格は過去最高の¥251/kWhを記録しました。一方、猛暑時の影響も明確で、2025年7月・8月の「危険な暑さ」警報とともに電力価格も急上昇しました。特に夕方のピーク帯はコストが跳ね上がります。昼間は太陽光発電により価格が抑えられますが、日が落ちた後もエアコン需要が継続するためです。

学術研究によれば、都市部などでは気温が+1°C上昇するだけで数百メガワットの追加需要が発生する可能性があります。気温データを組み込んだ予測モデルは、そうでないものに比べて一貫して高精度であり、日本のトレーダーたちも「天候リスク」を中核要因として扱い始めています。

ベースラインを巡る争い:1850年 vs 1900年

気候変動の進捗は「産業革命前の水準」と比較して測られることが多く、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は1850〜1900年を基準としています。しかし、一部では1900年やそれ以降を使う場合もあります。

この違いの問題点は、開始時期が遅くなるほど、見かけ上の温暖化幅が小さくなることです。1900年を基準にすると、温暖化の評価が約0.1°C低くなり、それによって「1.5°Cの臨界点を超えたかどうか」といった重要な判断が歪められる可能性があります。

なぜ10年平均は誤解を生むのか?

NASAのジェームズ・ハンセン博士らは、「10年移動平均」による分析では、気候変動の加速を見逃してしまうと警鐘を鳴らしています。彼らは、12か月平均や地球のエネルギー収支(Earth’s energy imbalance)を使って、リアルタイムでの変化を追うべきだと主張しています。

その手法では、2023〜2024年にかけての急激な気温上昇がはっきりと現れています。これは、エアロゾル(大気中の微粒子)による冷却効果の減少や、気候系の高い感受性が関与していると考えられます。

日本のエネルギー未来にとってなぜ重要か?

極端な暑さが連続して発生する場合、リスクは「たった1日の高額請求」ではなく、「数週間にわたる持続的な負担」に変わります。電力会社にとっては、不均衡調整金の増加やキャッシュフローの変動リスクを意味します。トレーダーにとっては、特に夕方の価格ピークが再生可能エネルギーの出力と一致しないことで、形状リスク(shape risk)を抱えることになります。

そして政策立案者にとっては、誤ったベースラインの選択や、近年のデータを「平均化してぼかす」ことにより、気候と市場の変化のスピードを過小評価する危険性があるのです。

2025年の夏は、これから訪れる運用環境の予告編にすぎません。より暑く、供給は逼迫し、天候が単なる背景ではなく、すべてのストーリーの冒頭に登場する時代が到来しています。